節分の豆まきを「見ていた」1歳児|こども園の行事で大切にしていること
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豆まきの日、1歳児が見ていたもの
保育の現場にいると、行事の主役ではない子どもたちの姿に気づくことがあります。今年の節分のとき、ふと振り返ると、めばえ組(1歳児クラス)の子たちがテラスからじっと豆まきの様子を見つめていました。
お兄さんお姉さんが「おにはそと!」と叫びながら落花生を投げている。その声と動きを、1歳児たちは身じろぎもせずに眺めていたんです。怖がっているわけでもない。泣いているわけでもない。ただ、食い入るように見ている。
この「見る」という行為が、1歳児にとってはとても大きな体験だと感じています。自分から近づいていくわけでもなく、逃げるわけでもない。ちょうどよい距離を自分で選んで、ただ見ている。その姿に、子どもなりの好奇心と慎重さの両方が見えました。

「参加しなくてもいい」という選択肢
こども園の行事では、すべての子どもが同じように参加する必要はないと考えています。特に1歳児や2歳児の低年齢の子どもにとっては、行事の雰囲気そのものが刺激になることがあります。大きな声、いつもと違う空気、たくさんの人の動き。楽しいと感じる子もいれば、圧倒されてしまう子もいます。
だから「見ているだけ」もひとつの参加の形です。めばえ組の3人はまだ言葉で「やりたい」「見たい」とは言えません。でも、テラスから離れようとしなかったということは、あの場にいたかったということ。それだけで十分な節分体験です。
異年齢の場だからこそ起きること
あゆみの森こども園は1歳から5歳までが同じ園舎で過ごしています。2歳から5歳は異年齢で活動する時間があり、1歳児クラスも日常的に上の年齢の子どもたちの姿を目にしています。
節分の日に1歳児が豆まきを「見ていた」のも、普段から年上の子たちの活動が視界に入っている環境だからこそだと思います。テレビや絵本で見る節分ではなく、目の前で知っているお兄さんお姉さんが声を出して投げている。その距離感がちょうどよかったのかもしれません。

行事は「完成度」より「体験」
節分に限った話ではありませんが、園の行事では完成度や見栄えよりも、子ども一人ひとりがどんな体験をしたかを大切にしています。
今年の節分では、2歳児が牛乳パックにシールを貼って作った豆入れを誇らしげに見せてくれました。出来上がりは素朴そのものですが、自分で選んだシールを自分で貼ったという事実が、2歳児にとっては何より大きい。3歳以上の子たちは折り紙で豆入れを折り、完成した瞬間「できた!」とうれしそうな声を上げていました。
園庭に向かって「おにはそと!」、部屋の中に「ふくはうち!」と大きな声で落花生をまく。鹿児島では落花生を使うのが一般的で、殻付きなので子どもの手にも握りやすく、投げる動作にも力が入ります。
「来年はやりたい」が生まれる場所
1歳児がテラスから見つめていた豆まきの景色は、きっと来年につながっていきます。来年の節分には、あの3人はそら組(2歳児クラス)になっている。自分の手で豆入れをつくり、自分の声で「おにはそと」と叫ぶ側になるんです。
その日を楽しみにしながら、今年は「見る」を存分に味わってもらえたらいい。行事の意義は、一年だけで完結するものではなく、年齢を重ねながらつながっていくものだと思います。屋久島の尾之間という小さな集落にあるこの園で、毎年同じ行事を繰り返しながらも、子どもたちの見え方は確実に変わっていく。そこに立ち会えることが、保育の仕事の面白さだと感じています。
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