都会の保育園を辞めて屋久島へ|保育士として移住した私の体験談
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限界だった都会での保育士生活
都内の保育園で5年間働きました。毎日の残業、終わらない書類、複雑な人間関係。子どもと向き合う時間より、それ以外の業務に追われる日々。「私、何のために保育士になったんだろう」そう思うことが増えていきました。
通勤の満員電車で体力を消耗し、園に着く頃にはすでに疲れている。帰宅しても仕事のことが頭から離れない。休日も持ち帰り仕事。プライベートの時間なんて、ほとんどありませんでした。そんな生活に、心も体も限界を感じていました。
「環境を変えたい」と思い始めた頃、偶然見つけたのが屋久島の保育園の求人でした。正直、最初は「離島なんて無理」と思いました。でも、求人情報を読むうちに、心が惹かれていきました。「自然の中での保育」「少人数制」「職員寮完備」。都会では得られないものが、そこにはありそうでした。

移住を決めるまで
見学に行った
興味はあったものの、いきなり移住を決める勇気はありませんでした。まずは見学に行くことにしました。有給を使って2泊3日の屋久島旅行。観光も兼ねて、園も見学させてもらいました。
園に着いて驚いたのは、その環境でした。森に囲まれた園舎、土の園庭、自由に遊ぶ子どもたち。都会の園とは全く違う風景。子どもたちの表情が、とても生き生きしていました。「ここで働いてみたい」という気持ちが、一気に強くなりました。
不安との戦い
とはいえ、不安もたくさんありました。「離島で暮らせるのか」「友達も家族もいない場所でやっていけるのか」「失敗したらどうしよう」「また都会に戻れるのか」。何度も迷いました。眠れない夜もありました。
最終的に背中を押してくれたのは、「このまま都会で消耗し続けるより、やってみて後悔した方がいい」という気持ちでした。若いうちにチャレンジしよう、ダメだったらその時考えよう、と。

移住してからの生活
最初の1ヶ月
正直、最初は不安でいっぱいでした。知り合いゼロ、土地勘ゼロ。スーパーの場所も分からない、車の運転も慣れない。でも、職員寮に入れたので、住居の心配はありませんでした。園の先輩たちが、買い物の場所や生活のコツを教えてくれて、少しずつ慣れていきました。
島の人たちは、とても温かかったです。「新しく来た保育士さんだって?」と声をかけてもらったり、野菜をお裾分けしてもらったり。都会では味わえない、人の温かさを感じました。
仕事について
一番驚いたのは、仕事の終わり方です。都会では当たり前だった残業が、ほとんどない。書類も必要最低限。「早く帰ってね」と言われることに、最初は戸惑いました。「本当にいいの?」と何度も確認しました。
その分、子どもと向き合う時間が増えました。一人ひとりの名前を覚え、個性を把握し、保護者ともしっかりコミュニケーションを取る。これが本来の保育なんだ、と実感しています。やりがいを、取り戻せた気がします。
暮らしについて
島の生活は、都会とは全然違います。コンビニは少ない、娯楽施設もない、電車もない。でも、その「不便さ」が、逆に心地よくなってきました。海を見ながら散歩する、満天の星を眺める、地元の人とおしゃべりする。都会では味わえなかった豊かさがあります。
休日は、森を歩いたり、海に行ったり。自然の中で過ごす時間が、心を癒してくれます。都会にいた頃は、休日も疲れを取ることで精一杯でした。今は、休日を楽しめるようになりました。
今、思うこと
移住して1年が経ちました。正直、最初は「失敗したらどうしよう」と思っていました。でも、今は「来て良かった」と心から思います。保育士としてのやりがいを、取り戻せた気がします。
同じように都会の保育園で疲弊している方に、伝えたいことがあります。環境を変えるのは、怖いことです。でも、変えてみないと分からないこともあります。屋久島でなくてもいい、どこか自分に合う場所があるはずです。
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あゆみの森こども園では、保育士を募集しています。職員寮完備で、島外からの移住も安心です。まずは見学から、お気軽にどうぞ。
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